Page9 –「師匠・高瀬将嗣さん死去」


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団長の独り言 2020.05.31

「師匠・高瀬将嗣さん死去」

5月25日、
アクション監督の高瀬将嗣さんが亡くなられた。
高瀬先生との出会いは30数年前、
私が通っていた東映演技研修所ってところ。

授業の一環で高瀬先生による
「殺陣・技斗」って時間があり、
1年生の時は現代劇アクション(技斗)の
基礎・応用を学び、2年生になると、
「立ち回り」と呼ばれる刀を使った
「殺陣」を教わった。

とにかく楽しくてねぇ。
毎回、夢中になって
先生の一挙手一投足を漏らさぬよう
一生懸命に講義受けた。

高瀬先生からアクションの楽しさと怖さを
しっかり学んだ経験は、
その後、プロの役者になってから
大いに役に立ち、
一応「アクションの出来る役者」って事で、
事務所の社長も売り込んでくれて、
知らぬ間に私には「悪役キャラ」が定着していた。

もちろん本格的にアクションを
専門としている方々の命がけのアクションには、
とてもではないが及ばなかったけれど、
殴り殴られ切り切られ・・・
という身体を張った仕事は、とっても好きだった。

そうしたアクションシーンのある
様々な現場で役者の仕事を行っていたある日、
ついに「あぶない刑事」の仕事が来た。

(あぶない刑事「40話・温情」君塚役)

当時「あぶない刑事」は絶大なる人気を誇っていて、
その番組のアクションを
担当していたのが高瀬先生だった。

「プロの現場で、役者・平野恒雄が
高瀬先生にアクションを付けて頂く!」

それはある意味、
研修所時代からの「夢」でもあった。

脚本を見ると、
私が演じる「君塚」という役は、
その回の犯人で、
当然ながらアクションシーンもある!
ワクワクとドキドキで現場に行くと、
高瀬先生は他の仕事なのかどうされたのか
いらっしゃらなくて、
「温情」の回のアクションを担当していたのは、
別の殺陣師の方だった。

うー残念・・・
でも、「あぶ刑事」初出演だった私は、
村川監督に怒られまくりながら
拳銃をぶっ放し、車で激走し、
大恥をかきながらも無事その回は終えた。

その後も、何度となく時代劇・現代劇問わず
「悪者」としてアクションシーンに携わり、
またまた高瀬先生とご一緒するチャンスがやってきた!

(もっとあぶない刑事「4話・奇策」 根本役)
https://www.hulu.jp/watch/60149082

何日間か撮影を行い、
いよいよアクションがあるシーンの撮影日、
ロケバスで衣裳にメイクを済ませ、
撮影現場に向かうと、

「いたぁー!高瀬先生だ!」

ドキドキしながら先生の元へご挨拶へ向かい、
深々とお辞儀をすると、先生は
「おお!来たな。君はここまで来ると思っていたよ」
って言って下さり、もう恐縮しまくり・・・。

そのアクションのあるシーンの撮影では、
私演じる「根本」が、舘さん演じる
「鷹さん」の背後から忍び寄り、
こん棒で舘さんの後頭部を殴打するという
シーンなんだけど、
結構カメラが寄った状態で、
舘さんを殴らねばならない。
いや・・正確には、
「殴ったように」見せねばならず、
ただカメラが寄っているって事は、
私と舘さんとの距離もかなり詰めなきゃ
いけないのですよ。

殴る距離が近ければ近いほど、
一歩間違えば舘ひろしさんの後頭部に
こん棒が直撃する危険もあるわけで・・・。

そんな芸当を、
名も知れぬ勢いだけの一俳優にさせるには
無理があるんじゃないか?って空気が
なんとなく流れていて、

舘さんは
「叩いた瞬間に粉々になるこん棒はないの?」
みたいな事を小道具さんに言っているし・・・。

すると高瀬先生は、「彼は大丈夫です」
(彼ならばそのアクションは出来ます)
と断言をして下さったのですよ!

その言葉を聞いた舘さん、

間髪入れずに
「オッケー!監督、やりましょう!」
って言って下さり、
「よし!じゃー行こう!」って監督もおっしゃり、
私は近距離から舘さんの後頭部を
殴るシーンを行う事となった。

高瀬先生の一言に鳥肌が立ったというか、
武者震いというか、なんだか
メチャクチャ気合が入ったのを覚えている。

テストでは7割の力で、
距離をあけて段取り的な感じで行い、
いよいよ本番。

殴るのを怖がって、
舘さんとの距離をとってしまうと
「寄り」で撮っている意味がなくなるし、
かと言って気合を入れ過ぎて、
踏み込みを深くしてしまうと大変な事になる・・・。

かなり緊張している私・・・。
そこへ舘さんが来て下さり、私の肩を叩いて
「よろしくな」って言ってニコリと笑顔。
一方の高瀬先生は、険しい表情で私を
(というか撮影全体を)見ている。

「本番!よぉーい!スタァートッ!」

「カチン!」(カチンコの音)の合図で、
私は「おりゃ〜!」と叫び、
舘さんの後頭部めがけてこん棒を振り下ろし、
多分ギリギリのところだと思うけど、
サッ!と止めて素早くこん棒を引くと、
舘さんが素晴らしいリアクションで崩れる。

「カット!はい!オッケー!」

監督の声が響き渡ると、
スタッフ数名が舘さんに駆け寄る。

「大丈夫ですかぁ?」

舘さんは立ち上がり、
私の方を見て、にっこり笑り、
そのまま次のシーンの準備に入られた。

一方の高瀬先生は
優しい目で何度も頷いて下さっていた。

こうして「夢」が現実のモノとなり、
「アクション」を教えていただいた師匠に
恩返しが出来て、
「もっとあぶない刑事・奇策」
という作品は、私の役者人生の中でも、
一番想い出の深い作品となった。

そのさらに数年後、「刑事貴族」という
舘ひろしさん主演の刑事ドラマに、
またまたゲストの犯人として呼ばれた。

(刑事貴族「13話・
その時白衣の天使になった」尾崎役)

この作品では2番手で
テロップに名前が出るまでになった。

で!その番組の「技斗」も高瀬先生!
「その節はどうのこうの・・・」
って話したかどうかは忘れたけれど、
更に成長した私を見て頂けたのが、
とっても嬉しかった。

それから私に子供が出来たり、
参議院議員の秘書になるか?
というお話があったり、
人生の流れに身を任せていたら、
「プロの役者」の道を断念する道を選んでしまい、
完全に堅気の人間になったはずなのに、
これも人生の流れから「劇団ふぁんハウス」
を設立した。

そして設立9年目に上演した作品
「セカンドステージ」には、
私の少年時代のヒーローであった俳優の夏夕介さんが
主演として出演していただける劇団へと成長。

その夏夕介さんは、
ふぁんハウス公演に出演していただいた約1年後、
59歳の若さでお亡くなりになる。

悲しみに暮れる劇団メンバー達と共に
夏さんの葬儀へと向かうと、
なんと!会場で高瀬先生と再会!

高瀬先生は、夏さんが
レギュラーメンバーとして出演されていた
「特捜最前線」という刑事ドラマのアクションも
担当されていたので、その関係でのご参列。

私と劇団メンバー、そして高瀬先生は、
葬儀会場の控室に通していただき、
お茶をいただきながら、
劇団ふぁんハウスの事、夏夕介さんとの出会い等、
高瀬先生にお話をさせていただく事が出来た。

その葬儀の数か月後、劇団ふぁんハウス公演
「人生芸夢〜私の青空〜」の楽屋に、
突然、高瀬先生から祝電が届く。

ステンドグラス調に描かれた星景色が
メロディーに合わせてリズミカルに点灯する
スタンドアート付きのすっごく豪華な電報。

電報の内容も心温まるもので、
高瀬先生のお気遣いに感激!
スタンドアートを化粧前に飾らせていただいて
本番に挑んだ。

その後、すっかりご無沙汰していたけれど、
まさか・・・
63歳の若さでお亡くなりになるとは。

日曜日、
高瀬道場へお邪魔して献花をさせていただき、
最後のお別れをした。

平野恒雄がプロの役者として、
数々のアクションシーンに挑めたもの
すべて高瀬先生のご指導があったからこそ。

祭壇に向かって、
何度も何度も御礼を言わせていただいた。
本当にカッコイイ男だったなぁ。

歳を重ねると、
お別れする人の数も増えていく。
なんだか切ないけれど、
それもまた人生の流れ・・・。

その人生の流れの中で、
劇団ふぁんハウスで公演を行うという使命が、
今の私には課せられている。

「前に進もう!」

これからも全力で頑張ろうって
思うのでありました。

高瀬将嗣先生のご冥福を
心よりお祈りいたします。