2月17日(月)「『ありがとう、お父さん in 板橋』の公演を終えて」

公演を終えた後は、いつもそうですが、
何か身体が空虚になったというか、
それでいて解放されたような気分になるものです。
今もまだそうした状態にありますが、
心と身体がそろそろ新たな役を待ち望んでいるのが感じられます。

今回の公演には身内を含め知人友人合わせて
17名の方が来てくださいましたが、
自分の備えとして誉めてくださる言葉には心に耳栓をして、
批判やお叱りの言葉には耳を澄ませるようにしてご感想を伺いました。
それらの中で共通する指摘は、長く感じられた、ということです。
これは台本が冗長であったということではなくて、
私を含む役者たちの演技が平板で
且つテンポに欠けていたということを意味しているのだと思います。

芝居というものはただセリフを覚えて
そのキャッチボールをしているだけでは、
どんな台本でも観ていてウンザリさせられます。
つまりセリフに命がこもっていないと
平面図のような芝居となり三次元の立体として迫って来ません。
芝居は生きていなくてはなりません。
一分の隙もなく気をこめていれば逆にいうと
何事も起こっていない台本であっても
飽きることなく観ていられるものです。

確かに私の場合にも本番になってお客様の反応で
台本の意味を悟るような部分もあったのです。
それはつまり台本を読み切っていなかったということで、
自分のボンクラさに改めて嘆息させられた次第です。

ただ今回の公演は団長を始めとして
共演者の皆様にとても恵まれ、
本当にこれまでにない最高の気分で
人生初の主役をつとめさせていただき、
感謝の気持ちに今も胸を熱くしております。

実は京都から私の従妹が病気をおして
駆けつけてくれたのですが、今は亡き私の父の姿を
舞台に見るようだったと伝えてくれました。
10代の半ばから亡くなるまで、
ずっと気持ちのすれ違いを感じてきた父でしたが、
そうかやっぱり俺は親父の息子であったのかと、
ようやく和解できそうな気持ちになれたのも、
個人的には今回の大きな収穫でありました。