Page26–「ずっと、ふぁんハウスと共に」(小山恵子の独り言)


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PDF 団長の独り言 2015.08.08

8月8日(土) 「ずっと、ふぁんハウスと共に」(小山恵子の独り言)

毎日、厳しい暑さが続きますが、
皆様いかがお過ごしでしょうか?
今週の「独り言」は、
小山恵子が担当いたします。

劇団ふぁんハウスの舞台は、
各行政の方々のご協力により、
今や夏は赤坂公演、冬は板橋公演と、
毎年行わせていただいております。

そのため毎年夏は、
赤坂公演の本番に向け集中しているので、
7月でも真夏の厳しい暑さを感じず、
過ごしていたように思います。

ところが、
今年の赤坂公演は5月でしたので、
本番の舞台が終了し、
7月はリラックスしていた
ところへこの暑さ!

夏ってこんなに暑かったかな?
と思うほど暑さを感じ、それと同時に、
いつもより夏を長く感じております。

そんな劇団ふぁんハウスも、
8月は夏休みとなりました。

約1週間が経ちましたが、
劇団のホームページや、フェィスブックから
メンバーの様子が身近に感じられ、
「みんな元気なんだな!」って、
安心します(笑)。

さて、
こんな私が芝居に興味を持ったのは
小学生の頃、ある映画で
若山富三郎さんと対等に会話している
子役を観て、

「子役になりたい!」

と思いました。

それ以来、
児童劇団の募集チラシを集めては、
母に「劇団に入りたい!」
と話をしましたが、

「恥ずかしがりやで、
人前で歌すら歌わない子がお芝居?」

と、冗談だと思っていたそうです。

やがて私は中学生となり、
演劇部に興味を持ちつつも、
強いバレー部に入部してしまい、
練習に明け暮れる毎日を過ごしていました。

その当時剣道も習っていたので、
部活を終えて帰ると、

「剣道、遅刻だろ!」

と父に防具を投げられ、夜9時過ぎまで稽古・・・

そんな日々を送っていたので、
中2の時、過労からくる病気となり、
絶対安静で1ヶ月近くの入院生活を送ることに・・・
ずっと健康体だったので、かなりショックでした。

酸素マスクを付け、トイレすら行けず、
両親以外とは面会も出来ない状態で、
はじめて「死」というものが頭をよぎりました。

「こんなことなら、やりたいことを
すべてやっておくべきだった。」

と後悔するばかり。

その時に、
「本当にやりたいこと」を真剣に考え、
一番初めに出てきたのが、

「劇団に入って芝居をやりたい。」

ってことだったのです。

約1ヶ月後、
再発の可能性ありと言われながらも退院し、
定期検診もクリア、無事に高校へ進学。

そして高校生活にも慣れた頃、
「やりたいこと」への行動を起こすべく、
ついに演劇養成所(夜間の部)に
通いはじめたのです。

そこのクラスは、年上の方ばかり。
私は大人の女性に憧れていたので、
演技の授業以外でも、
熱心にクラスメートの「お姉さま」を
観察していたのを覚えています。

レッスンでは、
見るもの聞くものすべてが新鮮で、
「外郎売り」もすぐ覚えました。

今、思えば子役になりたいと思ったのは、
大人とちゃんと会話ができる子供が
カッコよく思え、
それとキスシーンがないから
子役はいいなぁーと、
考えたからなんですよね(笑)。

しかし、
結局私が行動を起こした時は、
もう子役にはなれない年齢に
なっていたのです・・・。

その後、以前の「独り言」でも
ふれたように、22歳で芝居を辞め、
普通の生活をしていたのですが、

数十年後、縁があって
劇団ふぁんハウスのメンバーとなり、
再び芝居への道を歩み出し、
今まさに「本当にやりたいこと」の中で、
生きているのです。

これからも、人生何があるか分からない!
常に自分の気持ちに素直になっていたいと
思います。

心の動きに敏感であれば、
役の心の動きにも気付けるでしょうし、
大切なものを見失わずに
生きていけるような気がします。

劇団ふぁんハウスに入団してからは、
舞台作りを通じ、
色々と勉強させていただいております。

大勢のお客様に喜んでいただける
舞台にするには、何事も魂を込め、
一生懸命に取り組んで行くことの
大切さを肌で感じながら!

私は、団長やメンバーに助けられ、
そしてお客様の温かな笑顔に支えられ、
これまで芝居を続けて来られました。

それは「劇団ふぁんハウス」だからこそ、
やってこられたのです。

この先の人生も、
「劇団ふぁんハウス」と共に歩めるよう、
常に感謝の気持ちを忘れず、
心身とも鍛えて行きたいと思います。

今後も劇団ふぁんハウスを
何卒よろしくお願いいたします。